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2017年01月

2017.01.01

心耳を洗う

新年明けましておめでとうございます。昨年中は格別のお引き立てに賜り、厚く御礼申し上げます。本年もご愛顧の程、何卒よろしくお願い申し上げます。

 

時代が大きく変遷する鼓動を感じる、今ここ、人々の行動は様々です。あまりにたくさん押し寄せる情報におぼれ、せっかく今まで積み重ねてきたものに価値を見失い、だるま落としのように切り捨てようとしている人。我、志に生きる、世情など耳に入らない・・・自分に微塵の疑念も抱くことなく我が道を邁進する人。今日のパン、明日のパン、それ以上のパンのことを考える余力を記憶の彼方にふたをし、自ら無自覚に小市民を演じる人たち。

 

時代の波に翻弄される、昔からよく評論家が口にする言葉ですが、不安をあおり、不幸な気分にさせることが商売の人たちが、声高らかに檄を飛ばす姿が、利潤追求のために戦争を仕掛ける武器商人と重なるのは私だけでしょうか。もちろん無知は罪、変わらないために変わる、不易流行、自らの魂を磨くために自ら進化することは生きるために必須です。

 

そんな中、ふと、静かに自分を客観視すると、サラサラ、流れの中にたたずむ自分がいます。サンサーラ、梵語で輪廻転生という言葉を思い出しました。様々な人たちと真摯に関わりながら、どれが進むべき道なのか、お金にまつわる仕事を通じて、魂の修行をしています。

 

得は負債、徳は資産、得することが人の得を奪うことになれば、徳を失います。自社の売上が徳の積み重ねになっているか、お金とは徳の積み重ねです。得をし続けている人ほど人の得を奪うことに何の疑念も抱きません。

 

人生最大の病は傲慢なり。こんな変化の時代だからこそ、足元を固め、本物の実力を養う必要があります。経営の課題は、いつの時代も変わらず、善の創造です。善とは、人間のいのちそのもの、そして、いのちに役立つ物資、情報、意味、価値、文化、さらに、そのような善を創りだす活動をいいます。

 

新年に当たり、もう一度、自分の仕事は善を創造しているか?自問自答してみませんか。すぐに答えが見つからなくても、現時点での答えを出し、一生考え続けること。根っこが定まらないのに、戦略で耳を汚しても意味を成しません。根っこを定めるためにも、心の耳、心耳を洗い、誠の道を探求していきたいと思います。皆さまにとって、そんな求道の一年となりますように。

 

Ido一同、誠心誠意、歩んで参りますので、何卒よろしくお願いいたします。

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