2017.12.01
11月は様々な出来事と想いが錯綜した1か月でした。11月なのに年の瀬のような、まるで走馬灯が10倍速のスピードでかけめぐるような・・・確実に今までの自分の身体感覚を上回る勢いで物事が進んでいきます。その都度、立ち止まって考えるというより、両腕を抱えられながら走っている感覚。そんな中、ふと立ち止まって考えさせられることがありました。独立前からの古いお客様で、誰が担当してもうまくいかない癖のあるお客様がいらっしゃいます。ここ数年、私が決算の処理について関わることはほとんどありませんが、毎年、その会社の決算の度に私が登場します。根はとてもやさしい人で義理人情に篤い方ですが、妥協を許さず、とげのある、刃物のような方です。独立して14年半、Idoの経営理念に合わないお客様は自然と離れていきました。Idoという船と、同じ波長の方が集うからでしょうか。正直、私は心のどこかで、何故この方が離れていかないのだろうかと不思議に思っていました。しかし、その答えが今年はっきりとわかりました。それは私自身の問題でした。私は性格が悪く、今まで、というより、今でも、私は出会うお店の人や電話オペレーターの方に、つい、傲慢な態度をとったり、イライラして意地悪い一言で傷つけたりしてしまいます。そんな私の所業に対し、自分がされたらどんなに嫌か、その方を通じて神様が教えて下さっているのだと思います。至らなく、未熟だとしても、みんな必死で生き、一生懸命です。いくら正しくとも、その嫌な一言でその人が変わるわけでもなし、余計なお世話。尊厳を傷つけられ、その人の魂が傷ついています。何人にも、人の魂を傷つける権利はありません。私の単なる三毒の怒りであり、私の自己満足です。スタッフや家族、身近な人には慈悲の心が芽生えてきましたが、まだまだ感情的で魔が差します。私が完全に根治することができた時、その方も慈悲の人になるか、残念ながら離れていくとわかりました。本音で話してみれば、その方も私と同じく苦しんでいました。共に慈悲の人になりたいと思います。いえ、きっとなれると信じます。刺さっていたのは 虫メガネで見ねば わからぬほどの とげであったそのとげを見ながら思った わたしたちはもっともっと 痛いとげを 人の心に刺し込んだりしては いないだろうかとこんな小さいとげでも 夜中に目を覚ますほど痛いのにとれないようなとげの言葉を 口走ったりはしなかったかと教師であったわたしは 特にそのことが思われた by 坂村真民